徒然草

紫野は人間味のあるアーティストになりたい

Worth

おはこんばんにちは。
紫野です。
今日は、先程ツイートでぼやいたお小遣いの話とはまた別に、改めてお金の話をします。

テーマはシンプルに、「Worth(価値)」。

今日もショートなので、
ぜひ最後までご覧下さい。

新宿に行くと、いつも同じ人がいます。
ホームレスのおじいちゃんがいます。
お腹の出た中年の男性、
カンパを貰って生きている西口の人々。
メトロ線の入口にダンボールを敷いて寝ている人々。
缶やゴミを拾いながらお金を稼いでいる小さなおじいちゃん。
今日は、その「おじいちゃん」の話。

路上ライブというものを始めた当初から何となくいることは認知していました。
周りが止められてることとか色々教えにきてくれている人で、警察が来ると一足先に私のところで、指をさして教えてくれるの。

でもなんとなく怖くてあんまり話は出来なかった。
笑わない人だった。
いつも耳に黒いイヤホンをしているし、
話しかけるにはちょっと勇気が足りませんでした。

ある時「これ昨日忘れていかなかったか」と話しかけられて、「いや違います…」と
もにょもにょ答えていたら、
酔っ払いながら歩きタバコしてた男の人が、
その人に対してすごく怒鳴り出しました。

多分、私が言い寄られて困っているんだと思ったんだろうね、
内容的には多分私を助けてくれたつもりだったと思うんだけど、
酷い言葉だったのを覚えてる。
そこまで言わなくても、と思った。

しかも、正直そういう「困る」ではなかったから、どうしようってもたついてしまったのです。
当時の私は今みたいに上手く立ち回ったり、
毅然とした態度をとったりする事がまだできなかったから。
そして、そのうちにおじいちゃんが無言でいなくなった。
ヨタヨタと歩いていきました。
その場に残った酔っ払いに、
「ああいうの気をつけなよ」と言われて、
「はは、」
と苦笑いをしたことまで、今でも鮮明に思い出します。

それから、私の態度はよそよそしくなりました。
11ヶ月近くもの間、ほぼ毎日顔を付き合わせるのに挨拶も会釈もしなくなりました。
目と目があっても逃げてきた。
すごく気まずかったから。
あの時、話を合わせるのが正解だったとしても、去りゆく小さな背中を見ながら
「もっと上手く立ち回れてたら」と思ったんです。

そんなこんなで、どことなくモヤモヤしながら暑さを感じる最近になりました。


これは本当にここ1週間のうちに起こったこと。

パフォーマンスを終えて、
お礼回りをし終わって、
よく見に来てくれる方と話しながら片付けてたら手のひらに固いものが当たったんさ。
振り返ったらあのおじいちゃんがいて、
手には500円玉を持ってた。

私にその硬貨を握らせてくれた。

嬉しい、よりも「なんで?」
が1番大きかった。

だって、
あの酔っ払いが怒鳴り込んできて以来、
1年近くずっと無視し続けてきたから。
知らないうちに自分も軽蔑の目を向けてしまっていたと思うから。
近づいてきたと思った瞬間に、
早足でその場から離れる日々を過ごしていました。
酷いことをしていたと思うのです。

なのに500円。
驚いて彼の顔を見たら、にかっ、と笑ってた。

「ありがとうございます」
と言ったら、
また笑って、
脱帽して、
お辞儀をして去っていった。
こんな私に脱帽。
屈託のない、しわしわな笑顔が可愛かった。
小さく手を振ると、手を振り返して歩いていきました。

嬉しかった。
彼からまた歩み寄ってくれた事実が、
嬉しかった。

でもさ、
彼はホームレスなの。

自分が暮らすことにも精一杯のはず。
何リットルも缶やペットボトルを集めたって、
満足な暮らしはできない現状にあると思う。
彼はおそらくかなりの歳だし、
体もきついだろうし、
まともな仕事には就いていないでしょう。

自分が明日食べるものにも困るくらい苦しい生活の中で、
彼なりに必死に働いて、
やっとこさ得た500円のはずです。
あの500円は、どこからどう見ても、
「大金」なんです。

すごく大切なお金なの。

すごく大きくて、
すごく大変で、
苦労と思いの詰まった大金なんです。

私の頑張りには、
その500円を稼ぐまでの彼の苦労に見合う以上のものがあるのだろうか。
自信がないわけじゃない。
でも、
だって、
今まで相手にしてきたお客さんはどうしても「普通」の人だから。
たかが500円かもしれないけれど、
あの500円がすごく重い。
凄く重いのです。

これが、間接的にではあるけれど、
投げ銭で生活してます」
という言葉を言いたくない理由のひとつでもあります。
それで生活している友人がいます。
すごいと思う。
彼らは本当に路上だけでたべてる。
ギターが弾けるお家に住んでる。
すごいんです。

すごいことだけど、
私はそれを大々的には言いたくない。
「こんだけがんばってるんだから金をくれ」
って思わせてしまう気がして。
彼女のように「自信」を全面に出せたら、
私もいつか言うようになるのかもしれない。
彼女は私の憧れでもあるのです。

でも今は、

いいと思ったからお金を出したい。
自分が汗水たらして働いたお金を、
この子の明日のご飯のためにあげたい。
それだけの価値が私にはある、
と、
思われるようになりたい。


また次回。

紫野