徒然草

紫野は人間味のあるアーティストになりたい

断捨離

おはこんばんにちは。

紫野です。

もう2月も後半に差し掛かりました。

もう既に師匠走り出してて草。

 

そういえば、「草」という若者言葉を覚えました。

正直チャラいし、なんだか印象悪いなと思っていましたがノリで口から出すとなかなか語呂がいい。

 

 

今月末に退去を控えた紫野は、

最近ちょくちょく八王子にある本当のお家に帰っています。

最寄り駅を突き止められてしまってからは

昼間に着替えを取りに行き、

夜は友人宅や交際相手の厄介になって、

という日々を繰り返していましたが、

(一応)卒業ということで、今のお部屋には、

挨拶をしなければなりません。

 

私は片付けが苦手です。

 

使わないのに買いたがり。

洗わないのにご飯を作りたがり。

洗濯ものもかなり溜めがち。

 

要らないものばっかり部屋に転がっていて、

 まんま「こびと」の歌詞やん、的なことを考えながら、自称断捨離王の友人に手伝ってもらっていました。

 

はるか昔、

まだ私が配信アプリをしていた頃、

誕生日祝いにファンの方々が送ってくださったプレゼントや、オフラインのライブに持ってきてくれた差し入れなど、

全部残っていて、ひとつひとつ見る度にこれはあの時だれが持ってきてくれたもので、

と思い出して浸っていました。

 

ホワイトムスクっぽいのが好きかな

と言った私に送ってくれたルームフレグランスの瓶が入っていた「箱」とか、

ライブに持ってきてくれたチョコレートの空箱とか、

プレゼントを包んであった包装紙やリボンも全部取って溜めてあって、

ドン引きされてしまったのはちょっと悲しい。

 

「本当に捨てられないの」

と言ったら

「 本当にそうだね」

と笑われました。

 

思い出の断捨離は得意だと思っていました。

 

4年間住んだ町だけれど、

正直、なんの情も慈しみも親しみもないと思っていました。

 

大学も、なんだかんだ一生懸命やったし、

楽しくなかったわけではないけれど、

学内で何かがしたくて行った大学ではなかったし。

 

ただただ、静岡の田舎を出て、

音楽をしたくて、

「上京」がしたくて、

そのために入った大学、

受かったから住んだ町。

 

友人も後輩も先輩もいない、

遊びに行ったことも、誘われたこともない。

 

大学、バイト、音楽、

大学、バイト、音楽、

大学、バイト、音楽、

 

私の4年間は、

ほとんど独りで過ごした4年間だったから、

こんな町を去るとて、

何を名残惜しく思うのか。

 

そんな風に考えていました。

 

 

 

引越し、と言っても、

今後に少しアテがある私はもう退去だけにして、

お部屋を空っぽにして返すだけにしました。

 

4年前、大学の生協から届いた生活必需品のカタログを見て母が用意してくれた冷蔵庫や、

電子レンジや、洗濯機とも、

別れることにしました。

 

でも家電って、捨てるのにもお金がかかるんです。

リサイクル法ってやつで、

下らない法律だなァと思ったんですが、

捨てるより売れるなら売るかと思ったら、

値段もつかなくて。

 

どう頑張っても想像以上のコストがかかってしまうから、はぁ、参ったなぁー

と、4年間通い続けた定食屋さんに行って、

お母さんに愚痴をこぼしていたら、

 

え!要らないの!もったいない!

うちで引き取らせて!

 

と笑。

 

今日引き取って頂きました。

お店で冷蔵庫や洗濯機や電子レンジ、掃除機、全部使うみたいで。

お礼までしてくださって。

1年生の夏、まだお金の使い方も安定しないうちに破格の安さ・美味しさだからと通いつめ、毎月の終わりには講座の残高を見て白目をむくくらい通っていたお店です。

 

お店が長期休業する時は、

キュウリやナスや、

とにかく近所の畑で取れたらしい新鮮な野菜をおすそ分けしていただいたり、

自家製のシソジュースを飲ませてくれたり、

ファミマのチーズメンチカツにハマってるんだと話をしたら、

次の日の日替わり定食のおかずになって出てきて、「メニュー考案してくれてありがとう」とケーキをサービスしてくれたり。

4年間のうちでできた好きな人の話をニコニコしながら聞いてくれるお母さんと盛り上がったり。

 

音楽のことも、応援してくれました。

サイン色紙も書かせていただいたりもしたし、

家族ぐるみでお世話になっていて、

うちの両親も大好きなお店です。

 

あのお店に行くとね、

すごく気持ちがほっとするんです。

お味噌汁の味や、

ふっくらしたご飯や、

小鉢や煮物の味が、

どことなく実家と似ていて。

 

スパイスから作っている本格的なカレーよりも、普通のおうちで作られるような、

あのお店の普通のカレーが何よりも好きでした。

 

いつも、カウンターのど真ん中で食べるの。

 

お母さんの顔を見て喋りながら食べて、

バイトさんとも仲良くなって、

お父さんやお兄さんもいつも優しくて、

家族みたいな場所なんです。

 

遠くなったら滅多に来れなくなるかもしれないけど、またおいで、と。

そう言って今日、挨拶をしました。

 

 

そういえば、

就職するのか内定取り消すのか

早く判断した方がいい、

とにかく早くしろ

と言ってくれたラーメン屋さんには顔を出せなかった。

 

私の夢を笑わないで居てくれた人です。

関さん、っていう人なんだけれど。

お店の壁にズラっとスポーツ選手のサイン色紙が置いてあって、

そのどれもが私の通う大学や、ここら一帯の大学の部活の子達のサイン色紙です。

プロになって活躍する方々、

芸能の道に進んだ人もいます。

 

俺と仲良くなった子はみんな有名になる

 

といって、有名男性アイドルの名前も話に持ち上がったことがありました。

深夜3:00までやってるお店で、

お店の中で「歌ってよ」と言われて歌ったりして、さらにはチップといってその日のラーメン代が帰ってきたり。笑

路上ライブを終えて終電を降り、

空いているお店はほとんどそこだけだったし、

「今日はどこまで行ったんだ」

「最近どうなの」

と、ひたすら麺を茹で続ける関さんと、

あんなことがあったそんなことがあったと

愚痴や弱音を吐けるのがすごく救いでした。

 

オススメは味噌。

背脂多めのスープです。

替え玉の代わりに、いつももやしを貰っていました。

味たまは必須だよ。

麺もストレートの細麺で、もう本当にかすれた喉に潤いが蘇るわけです。

ワンオペでラーメンをひたすら茹でている関さんを見るのも好きでした。

 

関さんが何とかなるよって言うと、

その日の成果がどれだけ出ていなくても頑張れるんです。

 

あとは、近所のサイゼリヤでお昼に働いている女性がいて、接客が本当に素敵な人だと思って手紙を書いたこともありました。

本当に仕事に誠実に向き合う人、というか

ひとつひとつが本当に丁寧で、

ファミレスでこんなに良くしてくれる人は初めてだと思う。

退去立ち会いの日、きっともうこのサイゼに来ることは無いだろうと思ってお店に入ったらやっぱり今日もいて。

目が痒すぎてコンタクトを入れておらず、何も見えなかったけれど、やっぱりあの安心する声がしました。

 

 

彼女の接客には「公平性」が見える。

 

通っている人、

学生、

知り合い、

 

来店者には色々な人がいるけれど、

彼女の対応と仕事ぶりはいつでも全く変わらない。

誰に対しても丁寧で誠実だからこそ安心してお店を利用できるんです。

私の考えすぎ?笑 かもしれないけれど、

いつも背筋がしゃんと伸びていて、

朗らかな声で、

ひとつひとつの言葉をはっきり伝えてくれる彼女のいるここのサイゼリヤが私は大好きだった。

 

 

そしてスタジオ。

学生料金で使わせていただいていたので、

格安すぎていつも驚愕していました。

地域ぐるみのイベントステージやライブハウスに紹介して頂いたり、

ギターの弦はいつも張ってもらっていたし、

音が変だと思った時は楽器屋さんより先に持って行って直してもらうこともありました。

 

いつも見てるよ、

体に気をつけてね、

 

と、スタジオにあまり通えなくなった私にも変わらない愛情を注いでくれるご夫婦でした。

病気になった時も、

入院があけてから顔を出した時も、

路上ライブばかりで1ヶ月以上立ち寄れなかった時も、

変わらない暖かさで包んでくれた2人です。

京王堀之内timeを紹介してくれたのもこのスタジオのお父さんでした。

 

音楽が好きで、やりたいからやる。

なんの制限も縛りもストレスもなく、

音楽が好きな人がステージに立てる素敵なライブハウス。

私もtimeに出させてもらう時は、

ノルマも集客も物販も、そういうストレスになりうるものを考えることなく、

ただただ「楽しい」と思って歌うことが出来ていたと思います。

 

ハルオさんとTomomiさんとお2人のお子さんと、

ハウスで出会う素敵なミュージシャンたち。

ライブハウスの裏側って意外と派閥や内輪が出来ていてギスギスしていたりするんだけど、

timeはいつも和気あいあいとしていて、

余裕がある人が多いんですよね。

大人が多いからって言うのもあるかもしれないけれど、だからこそいい意味で人に甘えることが出来る空間でした。

 

同じ歳頃の女の子たちが集まるライブハウスは殺伐としてて疲れてしまうから、

たまにここで音楽の息抜きをする。

 

ほっ、とした気持ちで歌を歌う。

 

「私」が呼吸をして、純粋に歌が好きな自分を思い出す、そんな場所。

 

 

 

こんな町を去る、とて。

なんの情もない。

 

そう思っていたけれど、

この街で得たものは、卒業してしまえばほとんど連絡すらとらなくなる学生同士の繋がりなんかよりももっと太くて丈夫な出会いでした。

この街で、実家よりもホッとできる場所を見つけ、

自分で作らずとも美味しいご飯を食べたり

今日こんなことがあったー

好きな人がー

と話をできる人がいて、

第2、第3の親ができ、

たくさんのミュージシャンと繋がりを作ってもらい、

「またおいで」と気にかけてくれる場所がある。

 

こんな大学、

なんで入ったんだろう。

きっとこの4年が人生最大の無駄な時間になる。

そんなふうに思っていたけれど、

1年生の夏休みには完全に大学辞めたいとばかり考えるようになっていたけれど、

この4年でこの街に住んでいてよかったと、

そう思うことが出来ました。

 

要らないものはたくさんあるけれど

断捨離したくないものもたくさんあって、

 

そして私の音楽はここから始まったんだと思います。

ここで出会った人たちが

私と、私の音楽を一緒に作ってくれたんだと思います。

私が欲しかった高校生の夏は思っていたものと違っていたけれど、

私がここで生きた4年間は、まちがいなく他の誰にも得られない、私だけの経験です。

 

 

またここに戻ってきたら、

あの定食屋さんにも

ラーメン屋さんにも

スタジオにもライブハウスにも

顔を出そう。

ただいま、を受け入れてくれる場所があることに幸せを感じるこの頃です。

 

 

また次回。

 

紫野

 

 

p.s.

お世話になった大事な場所を紹介するね。

 

:定食・信年

https://instagram.com/shinnnen1987?igshid=YmMyMTA2M2Y=

→私のサインがあります。笑

 

:ラーメン・にんにくや堀之内

https://instagram.com/ninnikuyaseki?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 

:サイゼリヤhttps://maps.app.goo.gl/UAU79TixuqAPxh8LA?g_st=ic

 

:Pandkey Studio

https://instagram.com/pandkey_studio?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 

:京王堀之内time Tokyo

https://twitter.com/timetokyo?s=21&t=lAm4qjqG0F26o1ExaTDCVg

 

気分がいいので写真も載せちゃう。

駅から家まで30分くらいかかるんだけど、

行きも帰りもこの川沿いを通っていました。

夕方は夕焼けがすごく綺麗で、

夜は星がよく見えて、遠くでモノレールが光っていた。

夜中にこの河川敷で練習もしてたなそういえば。

夏になると夜中にタバコをふかしながら散歩したり、ラグビー部の寮生の男の子たちが一緒に聞いてくれて、応援してもらっていた。

楽しかった。

友達や恋人が居なくても楽しかった。

ここで歌うのが好きだったなぁ。

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