徒然草

紫野は人間味のあるアーティストになりたい

Shout(叫び)

おはこんばんにちは。

紫野です。

2022/9/22、とんでもないメンタル状態です。

舞台稽古2日目、アラームをかけ忘れてお弁当を作れずに電車に飛び乗ります。

 

 

 

近頃、終電間際の山手線新宿駅では、

けたたましいサイレンの音を鳴らしながらたくさんの消防車や救急車がバスタ前に並びます。

歌う気に、なれない。

空を飛ぶ人が立て続けに出るからです。

 

消防車が去っても歌う気に、なれない。

 

安倍元総理が亡くなられた日みたいに、

そこにいること自体、自分がとんでもなく不謹慎な気がするからです。

でも目の前には私を見に来てくれている人がいて、萎えたから帰りますなんて、口が裂けても言えません。

 

歌いながら、考えてました。

私も空を飛びたいんじゃないかって。

消えてしまいたいんじゃないかって、

考えています。

 

そしてついに、9/22、自分を壊しました。

私はもともと、ものすごく気性のブレが激しくて、成人した今でもコントロールしきれない時があります。

それで、今日、自分の中に蓄積していたものが堰を切ったように流れてきてしまって、

戸惑いながら電話をかけたのです。

 

友達も、恋人も、頼れる人がほとんどいない私にとって、おそらくは「ファン」としての存在と、

私を1人の「人間」にしてくれる存在を兼任して下さる女性に電話をかけました。

明日は勤労感謝の日、つまり祝日とは言えど、

終電から降りたらもう時間は0:30を回っているし、非常識すぎて穴に入りたいです。

でも、駅を出て家に着くまで約60分、ひたすらに付き合ってくれました。

 

申し訳ない、といつも思います。

普段はテキストベースでやり取りをしている2人なので、電話はほとんどしないですし、

歳も離れているし、

そして何より、私がずっとジメジメ毒キノコを生やしているので、話を聞いて欲しいと思うこと自体に罪悪感を感じるのです。

 

そう、私は「人を頼る」ことがびっくりするほど苦手です。

相談するのが本当に苦手です。

 

鬱病にかかった大切な地元の友達から「しにたい」と電話がかかってきたとき、

話しながら自分も蝕まれていく感触を覚えました。

 

だからこそ、自分が誰かに胸の内を明かすということは、私だけがスッキリしてしまって、相手には不快な、くらい気持ちにさせてしまうのが怖いです。

私の口からは、ちょっとした不満とか愚痴とか、そういうものはたくさん出るのに、

本当に言いたいこと・我慢していることはほとんど言えません。

多分、皆そうだと思います。

でも私がいつも相談させてもらう方々のうち、

今日遅い時間に私とお話をしてくれた方は、

キノコ菌やカビを撒き散らすだけの私に、

なぜだかお礼を言うのです。

「エネルギーを自分に使ってくれたから、それってとてもすごいことだから」って言ってくれるんです。

お礼を言うべきは私の方なのに、

私は本当にただただ蛆虫をわかしているだけなのに。

そのエネルギー移動の理屈に関しては、

今の私には分かるようで完璧には解せないところがあって、しかもその解せないポイントも不明瞭なんですが、

もっと大人になったら分かるのかな。

 

まぁとにかく、今日、なんでブログに興したかというと、

叫んだ気がしたからです。

人間が誰しも抱えるそう簡単に他人に言えるわけが無い何かを、叫んだ気がしました。

 

苦しいとか、

辛いとか、

きついとか、

しんどいとか、

そういう気持ちを空に向かってではなく、

自分ではない誰かに吐き出したのはいつぶりだろう。

何でも「うんうん」と言って聞いてくれて、

「頑張ってるね」と肯定してくれて、

否定もせずに諭すように話をしてくれる彼女に、

山手線新宿駅で毎日人が死ぬと話を振ったあと、

私も死にたいと声に出して言いました。

帰り道を歩いている足が、信号もないのに止まって、マスクの中が涙でいっぱいになって、

「死にたい」と自分の口が言ったんです。

 

毎日、気がついたら口癖のように一人で

「しにたいなぁ」

とボヤいている自分が、

今日は明確な意志を持って

『死にたい』と言いました。

 

そしたら、彼女は

「死にたい」=「きつい」「しんどい」

ってことなんだよって言ってくれたのです。

 

私は、死にたい死にたいと普段からぼやきます。

でも、じゃあ早く空を飛べと言われても足がすくみます。

飛び込みも、怖くてできません。

痛いのは嫌だから手首も切らないし、

お腹はすくから餓死もできないし、

病気に蝕まれて死ぬならまだしも、

自分から川を亘りにいく勇気は結局ありませんでした。

 

でも今日、わかりました。

私はずっと、辛かったんですね。

きつかったし、

しんどかった、

苦しかったみたいです。

 

SNS

特にTwitterは意図的にツイートを減らしているし、

Instagramでも、

緑のストーリーを見れるのは僅か7人。

嫌なことがあっても、

自分に納得がいかなくても、

結果が出せなくて悔しくても、

自分自身が商品として音楽をしている以上、

そんな簡単に1人の人間としての「私」を見せることができないからです。

弱音は吐かない、がSNS運営上最大と自分ルールです。

 

でも彼女は、

私のことを応援してくれながら、

私に「夜」を与えてくれます。

「夢追う売れないアーティスト」

から、

「21歳ただの女子大生」

に戻してくれます。

 

私は今日、久しぶりに心が柔らかくなった気がしました。

音楽や、夢を追い続けて行くために、

徐々に鉄に変え、強くなったはずの心が

今日は普通の人間の心になった気がするのです。

人間として、ずっと我慢していた悲鳴をあげることができたと思います。

 

何が辛い、

どうして辛い、

 

原因は、思いつくだけでもたくさんあります。

ファンの方々との距離感が最近おかしい気がして、1歩引いてしまうとか、

チケット枚数が減らないとか、

見ず知らずの通行人にもらうペラッペラの応援に傷つくとか、

周りの人に置いていかれている現状とか、

比較癖が抜けないこととか、

自分がどうなりたいのか見失っていることとか。

 

こんな悩みには私一人が努力したところで変わらないものも多くあります。

だから我慢していました。

どうせなんも変わらんし、

と思って。

でも、ここで辛さを吐き出したことによって、

気休めかもしれないけどやっぱり出し切った気がするのです。

 

人間になりたかったんだなぁ、

叫びたかったんだなぁ、

 

と思いました。

皆さんにはかなりのご心配をおかけしているような気もしますが、

私は今特にとんでもないスケジュールを「歳すぎる…」と思いながらきちんと日々をこなしている中、

今夜、ただの女子大生に戻ることが出来て、

烏滸がましくも、

鐘が鳴って魔法が解けたシンデレラのように思いました。

自分は急いでお城を出たりはしないのですが、

とにかく魔法が解けた瞬間楽になったんですよね。

あー、また明日から「昼」の自分になれる、

魔法をかけてもらえる。

シンガーソングライター「紫野」としてやっていけると思ったのです。

 

 

 

 

 

また次回。

 

紫野