徒然草

紫野は人間味のあるアーティストになりたい

Behind

おはこんばんにちは。

紫野です。

7月の中旬に病気になってしまった旨を打ち明けてからまた更新まで日が経ってしまいましたが覚えてますか。笑

 

先日、リハビリという名目で1日1本、調子を見て2本ほどと調節をした上で路上という戦場に戻ってきました。

病名の公開直後から今に至るまで、友人、知人、先輩後輩、そして日頃応援して見守ってくださっている皆さまからオンライン上でも、対面時でも多くの暖かい言葉を頂き、至らなさと同じくらい幸せを感じています。

この種の幸せとやらは、おそらく病気になったから感じられる幸せなんじゃないかと思うのです。

誰かに心配してもらえる、

見守ってもらえる、

ということは多分、ワンマンライブを成功させることによる達成感や高揚感から来るものではなく、

「いつも見えているようで実は見えてなかった」もの。

そういう風に思います。

 

私はストリートに立つ時、駅も時間も詳しいことはあんまり書かないスタイルで、

それは第1にマンネリ化を防ぎつつ、新しい誰かさまと出会うことと、もうひとつは単に告知したところで誰かが来てくれるということが極端に少ないため、自分が虚しさを感じないようにするという意図があります。

あとは自分がお待たせしているという意識を持つことによって負担に思うこと、ストレスになりうる状況を回避するためっていうのもかなり大きいんですが、やはり1番痛感するのは2つ目の理由の大きさじゃないかな。

 

同僚はツイート1つで何人もファンの人が駆けつけてくれて、

最後まで見守ってもらえる人が多いのに、私は、、、、

というのが始めた当初から多くて、

その人たちのことは本当に大好きなのに、

隣りで歌うのがすごくストレスで、

告知するのが嫌になりました。

「私」を目当てに駅に足を伸ばす人ってどれくらいいてるんだろう。

そう思ったことがあります。

 

そういえば、

「今日は○○さんを見に来たんです。

そしたら紫野さんがいたから寄ってみました」

この言葉を何回面と向かって言われたことか、

「ありがとうございます」と返すことは出来るのに、本当は嫌で嫌で仕方がなくて、

惨めな気持ちがして、

告知するのやめようって思ったんです。

そう言われる度に自分が錆れていく感覚や、

心の中のモヤモヤした気持ちや、

どす黒い気持ちに飲み込まれそうになって、

告知するのやめよう、バカバカしい。

そんな風に思って、辞めたんです。

Twitterで路上アンチのエゴサにひっかかるのも馬鹿げてますから。

でもいつまで経っても、

 

結局自分は、「1番」にはなれないし、

これから先もなれないんじゃないか。

 

そんな気がします。

寂しいことを隠すために1人を選ぶ、そういうスタイルを取りました。

自分を強く見せるために選んだスタイルです。

辛いことの方が多いけれど、今、あの選択を後悔したことはありません。

歩みも遅くなるだろうし、

本当に時間がかかるだろうけれど、

それでもいいと思ったんです。

 

少し話が脱線したようなしてないような気もするけれど、

だからこそ今回、

私に起こっている悲しい体の現状に対してこんなに沢山のお気持ちを頂くことになると思っていませんでした。

そして今、振り返るきっかけになったんだと思っています。

今まで進んできた狭くて細くて雑草だらけの乾いた道を進む私の後ろを振り返って、

シンプルな「愛」の存在に気が付きました。

私は1番にはなれないけど、

ひとりぼっちでは無かったことに気が付きました。

1番は、これから先の長い未来で目指すことにします。

 

それで、せっかくブログを書いているので、

最近よく頂く

「体はどう?」という質問に率直にお答えする機会にもしたいと思います。

 

今のところ、体に目に見えた変化はありません。

そんなに急ピッチで進む病気ではないみたい。

卵管炎と内膜症は処方されたお薬のお陰で、

のたうち回っていた時のような痛みも無くなりました。

完治かどうかはまだわかりません、

治療は続くと思います。

子宮頸部異形成に関しては、

本当に分からなくて、

今のところは何も言えません。

「子宮頸がんなりかけ」という状態なので蔑ろにすることも当然できないし、

実家で療養していた時に行った検査の結果を今月末にまた聞きに行って、それ次第です。

長く薬剤と付き合っていくことになるかもしれないし、時期を見て手術して切除するかもしれません。

だからといってなにも異常がないのにthe 病人になるのも嫌だなと思います。

病名を宣告された時、しばらく本当にフリーズした後に1番最初に思い浮かんだのは「音楽どうしよう」の一言でした。

家でじっとしている間に置いていかれている気がするのはやはり辛くて、動画にシフトしてできることを、と考えて動いていた約2週間弱も、

焦ってばかりでした。

 

「休む時は休め」と言われ、

体がそれを求めていることがわかった時、

情けなくも「止まる」「休む」方法が本当に分からなくて、そしてギターを握らない時間が余計に病気を進行させてしまう気すらしたのです。

 

でも、約1ヶ月という時間が経ち、

自分も自分の周りの眺めも動き出した時、

もしあの時末期ですって言われたとして、

どんな反応をしただろうかと考えたんです。

 

フリーズするとか、

涙が出るとか、

不安になるとか、

「音楽どうしよう」までは同じだったと思います。

ただ、落ち着いてから考えたら、

本当にあれで死んでもよかったんです。

いつ死んでもいいと思える人生をこれまで生きてきた自信があります。

 

できることならもっと大きな舞台に立ちたかったって思うけど、

それでも安心して受け入れられるんじゃないかなって、落ち着いた今は思うんですよね。

 

別に感動させたいとか、

小説チックな表現をしたいとか、

そういう訳じゃなくて、

ただ本当に

「あれで死ぬと言われてもよかった」

って思えるビハインドが私の人生には詰まっていると言う確信があります。

22歳の誕生日、学士資格の取得・大学卒業を待たずして死ぬとしても、

両親の還暦に北海道旅行をプレゼントできなくても、悔いはなかったと思います。

これはちょっと大袈裟だったかな?笑

 

ブログを計画的に書くことができないので、

それこそ自分の心に素直に従った結果が、

今回の「Behind」です。

急に書きたくなったの。

私の体を心配してくれる方にも1度、公式的に現状を報告する必要があるとも薄々思っていたので、今のところはこういう感じです、というご報告も含めてこのブログをリリースします。

 

私の後ろには思ったより私を大事にしてくれる人が両親以外にもたくさんいて、

私の生きてきた人生の道の後ろには悔いが1つもないという、2つの「Behind」を今回のタイトルに選びました。

 

まあ大丈夫、まだ死なんよ。

またすぐにお巡りさんの売り言葉に買い言葉を投げてバトり出す元気な私が現れます。笑

またやってるよ、くらいの苦笑いで見ていてくださいな。

 

 

また次回。

 

紫野

 

 

追記

先日、

個人のYouTubeチャンネル・「ちゃおず。ch」が800人、さらにストリートでの様子をもっちゃん。に御協力・運営して頂いているYouTubeチャンネル・「崖っぷちのシニョ」が200人を達成しました。

いつも見守ってくれる皆さんに心から感謝申し上げます。

まだまだ走り続けていきます。

応援よろしくお願い致します。

 

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個人YouTube「ちゃおず。ch」

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『崖っぷちのシニョ』

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